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道場の町は、かつて旧丹波街道沿いの宿場町として大変栄えました。
秀吉は1558年(永禄元年)蒲公英(たんぽぽ)城、現在の城山を落城、街道の要地である道場を宿場町として発展させました。以後、商家・酒醸所・宿屋・料理屋・木賃宿・芝居小屋など、相当な繁華街として長年賑わっていました。
大正4年には有馬鉄道(三田-有馬)が開通し、特に山口町の方は最も多く利用され、また、新道場駅には穀物・肥料等の大きな倉庫から連日入出荷牛馬車で積み出しされました。
昭和3年には神有電車(神戸電鉄)が開通し、町筋には医院・日用雑貨・食料品店・呉服衣料店と多くの商家が誕生し、利便性に富んだ豊かな町として有馬・山口・有野・八多・長尾・大沢・三田方面から多数の買い物客で賑わっていました。
役場・郵便局・駐在所などもあり、行政的にも道場地区の中心的な役割を果たしていました。
昭和18年有馬鉄道が廃線となり町筋(旧県道)には牛馬車の往来もなく、特に東に国道176号線が開通して以来、著しく衰退して往時の面影も徐々に頽れてまいりました。
牛市:道場には毎年2月19日塩田八幡宮の厄除祭の多くの参拝者を目当てに但馬方面から徒歩で多くの牛が運ばれ、現在の岡藤薬局の東側で牛市が開催され、近隣の農家(一軒一頭飼育)の牛の売買で賑わいました。当日はほとんど毎年のように粉雪が舞っていました。
生市(生魚市):毎年11月24日・25日両日盛大な恒例行事として阪神方面や三田から多くの魚商が仮設店舗で出店販売、従って、地元商家も長蛇の客に活気は北摂随一。その賑わいは圧巻と言えましょう。当日、農家は秋の収穫期も終わり冬支度に余念がなく今昔当時を知る者にとって寂しく、夢のようだったとしか言えません。
そこで、昔をしのぶ有志が集まり、昔の町並みを再現した町並みマツプを作ってみようという事になり、私たちの調べた範囲にてようやくまとめることができました。後生の皆様にかつての道場の町並みとその賑わいを知る資料として活用いただければ幸いです。
(道場町・吉田 正則)
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